--/--/--    スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
05/10/2012    共感の欠如

「共感する」

●他人の意見や感情などに、そのとおりだと感じること。また、その気持ち。
●他人が喜ぶのをみるとともに喜び、他人が悲しむのをみるとともに悲しむというように、他人と同じ感情をもつことをいう。共感は一般の日常生活においても人間関係を円滑にしていくために必要なことである。
●他者と喜怒哀楽の感情を共有することを指す。もしくはその感情のこと。たとえば知り合いがつらい表情をしているとき、相手が「つらい思いをしているのだ」ということがわかるだけでなく、自分もつらい感情を持つのがこれである。通常は、人間に本能的に備わっているものである。




私は、ささやかな毎日の幸せに
共感してほしかった。


息子のちょっとした成長とか、
おでかけした時にお天気だった、
お花が咲いていてきれいだった。
そんな小さなことに
「幸せだね」と言ったら、
「そうだね、幸せだね」と
言って欲しかった。一緒に喜びたかった。

これはわがままなこと?贅沢なことなんだろうか?


夫は、
自分が行きたかった場所に連れて行き、
「こんないいところに連れてきてやった」

自分が食べたかったものを
「こんなにいいものを食べさせてやった」

「どうだ、感謝しろ」
「すごいだろう?」
「もっとうれしそうな顔をしろ」

日々こんなカンジだった気がする。
もちろん、感謝はしましたよ。

夫は夫なりに
私を思いやって、
夫は夫なりに
私を愛してくれていたんだなと思う。
それはわかる。

だって、そうでなかったら
出不精の夫がお出かけすることはなかったと思うし、
事実、家庭内別居になった最後の数ヶ月は
浮気相手に会う以外は
どこにも出かけなかったもん。

でも夫のその愛と行動は、
相手を思いやってのことなのか、
自分のためにやっていたことなのか。
・・・わからない。
相手を理解しようとしていたのか?
よくわかんない。

それとも・・・
私の感謝が足りなかったのか?
もっと謙虚に受け止めなければいけないのか?
そうすれば破綻しなかったのかな・・・。


夫が全部悪いとは言わない。
自分がすべて正しいなんて言えない。


あ・・・訳わからなくなってきた。
これも共依存的な考えなのか?


んー、思いやりがあるのとないのと、
・・・どこが違うんだろ?

相手の喜ぶ顔を見て、
一緒に喜ぶのが「共感」
満足するのが「自己満足」・・・?

えー?
でも私も相手が喜べば、
うれしいし満足するなぁ・・・。



夫は夫なりに共感してほしいと思ったのかな?

んーー、しかし!
夫は自分以外の人にも
感情があるということが
理解できていたのかもわからない。
それは夫の日々の言動からそう思った。


そもそも、
夫と共感したことは、・・・あったんだろうか?


はぁ~あ・・・でもこれじゃ、
お互いに結婚生活は続けられないよね。
結婚生活が破綻するわけだ。





結局、夫とは深い話し合いというものを
してこなかったと思う。

たとえば子どもの進路のこと、
ちょっとしたお互いの嫌なところ
直してほしいところ、
これからこういう風にしていきたいとか。

ほんのささいなことから、
家族のありかたなんかまで、
とにかく話し始めると、
結局最後は、
「お前が悪い」か、
「どうせ俺が全部悪いんだろう」
という捨て台詞で終了。

もしくは、話がおおおおおーきく逸れて
遠くの中東の国のあり方や
アメリカの文句なんかになってしまうw

いやいやいや・・・、
そんな遠いお国の話でなく、
目の前の家族の話をしたいんだけど、私は。


話し合いって、お互いの意見を尊重しつつ
自分の意見も言うということだよね。
一方的にどなったり、
意見を押し付けたりするのは、
話し合いと言わない。

夫は理解できなかったみたいだ。


最初の頃は、
この人は「共感すること」が
できないんだろうな・・・だったけど、


今では、


「共感という感情が欠如している」


と思っている。

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://rikyunezumi.blog.fc2.com/tb.php/48-d174fea5
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。